システム思考でより良い「チーム学校」をデザインする:教員間の連携と協力のシステムを理解する
より良い「チーム学校」を目指す教育者へ:システム思考からの視点
今日の教育現場では、「チーム学校」という言葉に象徴されるように、教員一人ひとりの力だけでなく、組織全体の連携と協力が強く求められています。多様な課題に向き合い、変化する社会に対応するためには、教員同士が互いを支え合い、知識や経験を共有し、共通の目標に向かって協働する体制が不可欠です。
しかし、「チームとして機能すること」は口で言うほど容易ではありません。情報共有が滞ったり、部署間や学年間の連携がスムーズにいかなかったり、多忙さゆえに協力体制を築く余裕がなかったりと、様々な困難に直面することも少なくありません。
このような複雑な状況を読み解き、より機能する「チーム学校」をデザインするための強力な思考ツールが、「システム思考」です。システム思考は、個々の要素だけでなく、それらがどのように相互に関係し合い、システム全体としてどのような振る舞いを生み出すのかを理解することを目指します。この視点は、教員間の連携や協力といった、目に見えにくい関係性や構造を明らかにする上で非常に有効です。
システムとして捉える「チーム学校」の構造
システム思考のレンズを通して「チーム学校」を見てみましょう。ここでのシステムは、校長、教頭、各教科担当教員、学年主任、養護教諭、事務職員、用務員、非常勤講師など、学校に関わる様々な人々が構成要素となります。これらの要素は、情報共有、協力依頼、相談、指導、評価、会議などを通じて相互に作用し合っています。
システム思考では、この相互作用によって生まれる「フィードバックループ」に注目します。
- 肯定的なフィードバックループ: 例えば、ある教員が困っている他の教員に積極的に声をかけ、成功体験を共有したとします。助けられた教員は感謝し、次に別の教員が困っている際に助けようとします。これにより、協力的な文化が育まれ、さらに多くの教員が助け合うようになります。これは協力という「ストック」を増やし、組織全体の「フロー」(協力的な行動の頻度や質)を高める肯定的なループです。
- 否定的なフィードバックループ: 逆に、多忙で余裕のない教員が、他の教員からの相談や協力依頼に応えられなかったとします。依頼した教員は「相談しても無駄だ」と感じ、次に困ったときに相談することをためらうようになるかもしれません。これにより、情報共有や協力が滞り、孤立感が増し、さらに協力しなくなるという悪循環が生まれる可能性があります。これは協力という「ストック」を減らし、孤立や負担増の「ストック」を増やす否定的なループです。
また、システム思考では「ストック」(蓄積されるもの、例:信頼関係、情報量、疲労度、経験知)と「フロー」(ストックを増減させる活動、例:対話、情報共有、協力、業務負荷)の関係性も重視します。教員間の信頼というストックは、日々の対話や協力というフローによって築かれ、維持されます。多忙による業務負荷というフローが増えすぎると、信頼関係を築くための対話や協力というフローが阻害され、結果としてチームとしての機能が低下するという構図が見えてきます。
システム思考で読み解く教員連携の課題と応用
教員間の連携で起こりうる課題は、しばしばシステム原型として捉えることができます。
- 成果への抵抗 (Fixes that Fail): ある部署の業務負担を減らすために、他の部署に業務を移管したとします。一時的に負担は減るかもしれませんが、移管された部署の負担が増え、結局システム全体のパフォーマンスは向上しない、あるいは別の問題が生じるといったケースです。根本原因(例:業務プロセスの非効率性)に対処しない一時的な解決策が、新たな問題を生むパターンです。
- 責任転嫁 (Shifting the Burden): 問題が発生した際に、本来の原因(例:学校全体の構造的な問題)ではなく、特定の個人や部署に責任を押し付けてしまうパターンです。これにより、根本的な問題解決が進まず、問題が慢性化します。
- 成長の限界 (Limits to Growth): チームとしてうまく機能し始めたにも関わらず、情報共有ツールの不足や会議時間の確保といったシステム的な制約によって、それ以上の協力関係が深まらないパターンです。
これらのシステム原型を理解することで、教員間の連携においてなぜ特定の課題が繰り返し発生するのか、その構造が見えてきます。
システム思考を活かしたチーム学校づくりの実践アイデア
システム思考の視点は、より良い「チーム学校」をデザインするための具体的な実践へと繋がります。
- 現状のシステムを可視化する: 教員間の情報の流れ、協力関係、課題が発生した際の対応プロセスなどを、ループ図などを用いて描き出してみましょう。ワークショップ形式で行うことで、教員間の共通理解を深めることができます。
- 肯定的なフィードバックループを強化する: 成功事例の共有会を設ける、互いの授業を参観しフィードバックし合う機会を増やす、メンター制度を導入するなど、協力や支援の行動がさらに協力や支援を生む仕組みを意図的にデザインします。
- 否定的なフィードバックループの発生源に対処する: 例えば、情報共有が滞る原因が特定のツールの使いづらさであればツールを見直す、会議が形式的であれば会議の進め方や目的を見直すなど、悪循環を生む構造自体に働きかけます。
- ストックとフローのバランスを意識する: 教員の多忙さ(業務負荷のフロー)が、対話や協力(信頼関係のストックを築くフロー)を妨げていないかチェックします。業務効率化や適正な業務分担といったフローを改善することで、チームとしての余裕を生み出す視点が必要です。
- システム原型を見つけ、構造的な解決策を探る: 問題が発生した際に、それが一時的な現象なのか、それともシステム原型に当てはまる構造的な問題なのかを見極めます。「成果への抵抗」が見られる場合は、短期的な対症療法ではなく、根本的な業務プロセスや役割分担の見直しといった構造的な解決策を検討します。
これらの実践は、特定の課題解決だけでなく、教員全体のシステム思考的な視点を育むことにも繋がります。自身の行動がシステム全体にどう影響するかを考えることで、より主体的にチームに関われるようになります。
システム思考で生徒の成長も促進
教員自身がシステム思考でチームビルディングに取り組む姿勢は、生徒の学びにも間接的に、そして直接的に影響を与えます。教員同士が協力し、多角的な視点で生徒を理解する体制は、生徒一人ひとりに寄り添った支援や指導を可能にします。また、教員がシステム思考を活用して課題解決に取り組む姿を見せることは、生徒にとって実践的なモデルとなります。
さらに、システム思考は、生徒が社会の複雑な問題や自身のキャリア、学習計画などをシステムとして捉え、主体的に考えて行動する力を育む上でも非常に有効です。教員間の連携システムをデザインする過程で得た知見は、生徒にシステム思考を教える際の具体的な教材や事例にもなるでしょう。
まとめ
「チーム学校」の実現は、単に仲良くすることや、協力依頼に快く応じることだけではありません。それは、教員一人ひとりがシステムの一部であることを認識し、相互の関係性や構造がチーム全体の機能にどう影響するかを理解し、より良いシステムを意図的にデザインしていくプロセスです。
システム思考は、この複雑なプロセスを読み解き、効果的な手立てを講じるための強力な羅針盤となります。教員間の連携と協力というシステムを理解し、肯定的なフィードバックループを強化し、システム原型に注意を払うことで、教育現場はより強固で機能的な「チーム学校」へと進化していくことができるでしょう。システム思考を学び、ご自身の教育活動だけでなく、働くチームとしての学校にもぜひ活かしてみてください。