教育者のためのシステム思考入門

教育者のためのシステム思考ファシリテーション入門:対話の質を高める構造理解

Tags: システム思考, ファシリテーション, 教育現場, 対話, 協働, 構造理解

はじめに:教育現場における対話とファシリテーションの重要性

日々の教育活動において、私たちは様々な人々と対話を行い、協働しています。生徒との個人面談、保護者懇談会、職員会議、生徒間の話し合い活動、地域との連携会議など、対話の場は多岐にわたります。これらの対話の質を高め、参加者全員が建設的に関わり、より良い結論や行動に繋げるためには、「ファシリテーション」のスキルが不可欠です。

しかし、教育現場での対話は時に複雑です。多様な立場や価値観が交錯し、問題の根本原因が見えにくく、議論が堂々巡りになったり、感情的な対立が生じたりすることもあります。このような複雑な状況で、表面的な合意にとどまらず、問題の本質に迫り、持続可能な解決策を見出すためには、新たな視点が求められます。

そこで注目されるのが、「システム思考」です。システム思考は、物事を単独の要素としてではなく、相互に関連し合うシステムとして捉える考え方です。このシステム思考の視点をファシリテーションに応用することで、対話の場に潜む構造や相互作用を理解し、より深く、効果的な対話と協働を促進することが可能になります。

この記事では、教育者がシステム思考をファシリテーションにどのように活かせるのか、その基本的な考え方と実践へのヒントをご紹介します。

システム思考とは何か? ファシリテーションとの繋がり

システム思考の核心は、「全体を見る」「繋がりを見る」「変化を見る」という点にあります。個々の出来事や問題だけでなく、それらがどのような要素と関連し合い、どのような構造の中で発生しているのかを理解しようとします。特に重要な概念として、「フィードバックループ」(原因と結果が相互に影響し合い、循環する関係)や「ストックとフロー」(蓄積されるものと、それらを増減させる流れ)があります。

教育現場における対話もまた、一つのシステムと見なすことができます。参加者(生徒、教職員、保護者など)、話題、情報、感情、ルール、場の雰囲気などが相互に影響し合って、対話の質や結果が決まります。

従来のファシリテーションが、議論の進行管理や意見の引き出しに焦点を当てることが多いとすれば、システム思考を取り入れたファシリテーションは、対話というシステムの構造を理解し、その構造に働きかけることで、対話の質そのものを向上させることを目指します。

なぜ、ファシリテーションにシステム思考が必要なのでしょうか。それは、教育現場で直面する課題の多くが、単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合った構造から生じているからです。例えば、生徒の学習意欲の低下、クラスの人間関係の問題、教職員間の連携不足など、これらの問題は、表面的な対処だけでは解決せず、根本的な構造に目を向ける必要があります。

システム思考の視点を持つことで、ファシリテーターは、対話の中で語られる個々の意見や出来事の背景にある構造を見抜こうとします。「なぜその意見が出るのか?」「この意見は他の何に影響を与えるのか?」「過去のどのような経緯が今の状況を生み出しているのか?」といった問いを立てることで、対話はより深く、本質的なものへと変わっていきます。

システム思考を活用したファシリテーションの具体的なアプローチ

システム思考をファシリテーションに活かすための具体的なアプローチをいくつかご紹介します。

1. 対話の「システム」を意識する

まず、目の前の対話の場を一つのシステムとして捉える意識を持つことが重要です。 * 構成要素: 誰が参加しているか?それぞれの立場や関心は? * 関係性: 参加者同士、あるいは参加者と話題の間にはどのような関係性があるか?(例:信頼関係、力関係、過去の経験など) * 情報・感情のフロー: どのような情報が共有され、どのような感情が表出しているか?それらはどのように流れているか? * ルール・規範: 明示的・暗黙的なルールや場の雰囲気は? * 目的・期待: この対話の目的は何か?参加者は何を期待しているか?

これらの要素がどのように相互に影響し合っているのかを観察します。例えば、特定の参加者の発言が場の雰囲気を変えたり、過去の出来事が現在の関係性に影響を与えたりしている様子に気づくかもしれません。

2. フィードバックループを見つける

対話の進行において、ポジティブな循環(例:肯定的な意見が次々と出て議論が活性化する)やネガティブな循環(例:批判的な意見が続き、場の空気が悪化し発言が減る)が生じることがあります。これらはフィードバックループの働きです。

ファシリテーターは、これらのループがどのように機能しているのかを観察し、必要に応じて介入します。例えば、ネガティブなループに陥っている場合は、そのループを断ち切るために、異なる視点を提供する、感情を整理する時間を設ける、対話のルールを再確認するなどの働きかけを行います。

3. ストックとフローの視点を持つ

対話の場には、「信頼関係」「安心感」「共有された情報」といった蓄積されるもの(ストック)があります。そして、「発言」「感情」「アイデア」といった流れるもの(フロー)があります。

例えば、「安心感」というストックが不足している場では、参加者は自由に「発言」するというフローを生み出しにくくなります。ファシリテーターは、こうしたストックの状態を把握し、それを増やすための働きかけ(例:アイスブレイク、共感的な姿勢を示す、安全な場づくりを意識する)を行うことができます。

4. システム原型を手がかりにする

システム思考には、よく見られる構造パターンである「システム原型」があります(例:「問題を解決しようとする行動が、かえって問題を生み出す」「目先の解決策が、長期的な問題を悪化させる」など)。

教育現場の対話でも、特定のシステム原型が当てはまる状況が見られることがあります。例えば、ある問題に対する特定の解決策(A)を強く主張する人がいる一方で、別の解決策(B)を主張する人がいて、議論が平行線になる状況は、もしかすると「対立緩和の失敗」や「共有地の悲劇」(ここでは合意形成という共有地を巡る対立)といった原型と関連しているかもしれません。システム原型を知っていると、対話が陥りやすいパターンを予測したり、そのパターンから抜け出すためのヒントを得たりすることができます。

5. ループ図などで構造を可視化する

対話の中で明らかになった要素間の関係性やフィードバックループを、簡易的なループ図などでその場で一緒に書き出してみることも有効です。参加者と共に構造を可視化することで、問題が単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていることを共有できます。これにより、表面的な意見の対立から、問題の構造そのものを理解し、そこにどう働きかけるかという建設的な議論へと焦点を移すことができます。

実践へのステップとヒント

システム思考をファシリテーションに取り入れることは、すぐに完璧にできるものではありません。小さな場から試してみることをお勧めします。

  1. 意識的に観察する: まずは、日々の対話の場で「システム」を構成する要素や、フィードバックループ、ストックとフローがあることを意識して観察してみましょう。
  2. 簡単な問いを立てる: 対話の中で、「これは何と繋がっているのだろう?」「この発言が引き起こす次の反応は何だろう?」「この場の雰囲気は何によって作られているのだろう?」といったシステム思考的な問いを自分自身に立ててみます。
  3. 参加者と共有してみる(可能な場合): 慣れてきたら、対話の参加者にも「今の話し合いで、何がぐるぐる回っているように見えますか?」「何が増えたり減ったりしているように感じますか?」といった問いかけをしてみることも考えられます。
  4. 可視化を試みる: ごく簡単な図や箇条書きで、話し合っている問題に関わる要素や関係性をホワイトボードなどに書き出してみます。
  5. デジタルツールの活用: オンラインでの話し合いであれば、共有ホワイトボードツール(Jamboard, Miroなど)を使って、参加者と一緒に要素や関連性を書き出すことができます。これはループ図作成の最初のステップとしても使えます。

これらの実践を通じて、参加者(生徒、同僚、保護者など)が自身の発言や行動がシステム全体にどのように影響するかを理解し、より主体的に、そしてシステム全体にとってより良い行動を選択するようになることを促すことが期待できます。

システム思考ファシリテーションの効果

システム思考を活かしたファシリテーションは、以下のような効果をもたらすことが期待できます。

まとめ

教育現場における対話は、生徒の成長、クラス運営、学校組織の活性化など、様々な側面に影響を与える重要な活動です。システム思考の視点をファシリテーションに取り入れることで、私たちはこれらの対話の質を根本から高め、より建設的で生産的な場を創り出すことが可能になります。

システム思考は難しい理論のように感じられるかもしれませんが、その本質は「全体を見る」「繋がりを見る」というシンプルなものです。日々のファシリテーションの中で、少しずつこの視点を意識し、実践していくことで、きっと新たな気づきや効果を実感できるでしょう。生徒と共に、同僚と共に、保護者と共に、システムとしての教育の場をより良いものにしていくために、システム思考を活かしたファシリテーションにぜひ挑戦してみてください。