生徒の「なぜ?」を深めるシステム思考ツール活用法:ループ図で身近なシステムを分析
教育者の皆様、日々の教育活動、誠にお疲れ様でございます。このサイトでは、教育者がシステム思考を学び、その知見を授業や生徒指導に活かすための情報を提供しております。
生徒たちは日常の中で様々な出来事に遭遇し、時には疑問や課題に直面します。「なぜクラスの〇〇な問題が繰り返されるのだろう?」「どうして頑張っているのに成績が伸び悩むのだろう?」「友達との関係がうまくいかないのはなぜだろう?」こうした生徒たちの「なぜ?」という問いに対し、表層的な原因や単線的な解決策だけでなく、もう少し深く、複雑な関係性の中に潜む構造を読み解く力を育むことは、変化の激しい現代を生き抜く上で非常に重要です。
システム思考は、まさにこの「なぜ?」を深掘りし、物事の関係性や構造を理解するための有効なアプローチです。そして、システム思考には、考えを整理し、視覚化するための様々なツールが存在します。今回は特に「ループ図」に焦点を当て、生徒が身近な出来事や課題を分析するために、どのようにシステム思考ツールを活用できるか、具体的な授業実践のヒントをご紹介いたします。
なぜ生徒にシステム思考ツールを使わせるのか?
システム思考を学ぶことは、単に概念を知ることだけではありません。実際にツールを使って考えるプロセスそのものが、生徒の思考力を大きく育てます。
- 関係性の理解: 物事が単独で存在しているのではなく、互いに影響し合っているという視点を養います。
- 因果関係の明確化: 「AだからBになる」といった直接的な関係だけでなく、「BがさらにAに影響する」といった循環的な因果関係(フィードバックループ)を見つけ出す力を育みます。
- 構造認識: 目に見える出来事の背景にある、繰り返しを生み出す構造に目を向けられるようになります。
- 多角的な視点: 一つの問題に対して、様々な要素や関係性からアプローチする習慣が身につきます。
- 主体的な問題解決: 問題の構造を理解することで、どこに働きかければ効果的な変化が生まれるのかを考えられるようになります。
特にループ図は、要素間の因果関係を矢印でつなぎ、それがどのようなフィードバックループ(強め合うループか、弱め合うループか)を形成しているかを視覚的に捉えるのに非常に有効なツールです。
ループ図を使った生徒向け授業実践ステップ
生徒がシステム思考のループ図を使って身近なシステムを分析する授業を設計するための、具体的なステップ案をご紹介します。対象となる学年や生徒の理解度に合わせて、内容は調整してください。
ステップ1:身近なテーマの選定
生徒が最も関心を持ちやすい、自分たちの身近な出来事やクラス、学校に関わる課題をテーマとして選びます。抽象的なテーマよりも、具体的で、生徒自身が当事者として経験していることの方が取り組みやすいでしょう。
- 例:
- 「クラスで話し合いが盛り上がらないのはなぜだろう?」
- 「どうして宿題を出すのが遅れる人がいるのだろう?」
- 「休み時間になると、いつも特定の場所が混雑するのはなぜ?」
- 「委員会活動がなかなか進まないのはなぜ?」
- 「近所の公園のごみが減らないのはどうして?」
最初は教師がテーマを提示しても良いですし、慣れてきたら生徒に自分たちでテーマを選ばせるのも良いでしょう。
ステップ2:要素の洗い出し
選んだテーマに関係していると思われる「要素」(人、物、状況、感情、行動など)を思いつく限り挙げてもらいます。
- 例(テーマ:「クラスで話し合いが盛り上がらない」の場合): 生徒の発言の数、発表の得意な生徒、自信がない生徒、先生の促し、話し合いの時間、クラスの雰囲気、他の生徒の反応(聞いているか、他のことをしているか)、テーマへの関心度、など。
最初は質より量で、とにかく多くの要素を出すことを促します。付箋を使ったり、ホワイトボードに書き出したりすると視覚的に整理しやすくなります。
ステップ3:関係性の特定と矢印での表現
洗い出した要素の中から、互いに影響を与え合っていると思われる要素を選びます。そして、その関係性を矢印でつなぎます。
- 「Aが増えるとBが増える(または減ると減る)」関係なら同じ向きの矢印(+またはS)。
- 「Aが増えるとBが減る(または減ると増える)」関係なら逆向きの矢印(−またはO)。
言葉で説明しながら、図に書き込んでいきます。最初は簡単な2〜3個の要素の関係から始めて、徐々に要素を増やしていくのが良いでしょう。
- 例: 「生徒の発言の数」が増えると、「クラスの雰囲気」が明るくなる(+)。「クラスの雰囲気」が明るくなると、「自信がない生徒」も発言しやすくなる(−)。
ステップ4:ループの発見と分析
矢印をたどっていくと、要素がぐるっと回って元の要素に戻ってくる「ループ」が見つかることがあります。このループがどのような性質を持っているかを考えます。
- 強め合うループ(増えるものはどんどん増え、減るものはどんどん減る傾向): 例:生徒の発言が増える → クラスの雰囲気が明るくなる → さらに発言しやすい雰囲気になる → 生徒の発言がさらに増える... (R: Reinforcing loop)
- 弱め合うループ(変化を抑え込み、目標とする状態に近づけようとする傾向): 例:宿題を出すのが遅れる生徒がいる → 先生が個別に注意する → 宿題を出すのが遅れる生徒が減る (B: Balancing loop)
ループに名前をつけたり、RまたはBの記号を書き込んだりすると、理解が深まります。なぜそのループが発生しているのか、それがシステム全体にどのような影響を与えているのかを話し合います。
ステップ5:構造からの示唆と解決策の検討
見つかったループや構造から、なぜその出来事が起きているのか、その根本的な原因は何かを探ります。そして、もし望ましくない状況であれば、その構造に働きかけて良い方向に変えるにはどうすれば良いかを考えます。
- 例: 「発言が発言を呼ぶ」というRループだけでなく、「発言しない生徒がいる」→「特定の生徒ばかりが発言する」→「他の生徒はますます発言しなくなる」といった別のRループや、「先生が促しても、すぐに発言が止まってしまう」といったBループなど、複数のループが絡み合っていることを見つけ出すかもしれません。
- 示唆:「話し合いが盛り上がらないのは、一部の生徒による発言のRループが強く、他の生徒の発言を促すBループが十分に機能していない(または別のRループが邪魔している)からかもしれない。」
- 解決策の検討:「特定の生徒に偏らないような、全員が参加できる形式を工夫する」「発言内容に対するポジティブなフィードバックを増やす」「心理的安全性を高める工夫をする」など、構造への働きかけとなるアイデアを考えます。
指導上のポイントと工夫
- スモールステップで: 最初は簡単なテーマで要素も少なく始め、徐々に複雑なシステムに挑戦させましょう。
- 正解を求めすぎない: システム思考の分析に絶対の正解はありません。生徒たちが自分たちの見方で関係性を捉え、そこから学びを得るプロセスを重視してください。
- グループワークを推奨: 複数の視点が集まることで、より豊かなシステム図が生まれます。対話の中で気づきが生まれることも多いです。
- ツール選び: 紙とペン、付箋、ホワイトボードなどアナログな方法も有効ですし、draw.ioやMiroのようなオンラインツールを使えば、共同での作業や修正が容易になります。生徒のPCスキルや環境に合わせて選びましょう。
- 他の教科と連携: 社会科で歴史上の出来事の因果関係を分析する、理科で生態系のバランスを考える、国語で物語の登場人物の関係性を読み解くなど、様々な教科でシステム思考の視点やツールを活用できます。
まとめ
生徒がシステム思考のツール、特にループ図を使って身近な出来事を分析する活動は、彼らの「なぜ?」という問いを深め、物事の関係性や構造を理解する力を育むための実践的な方法です。思考プロセスを視覚化することで、生徒自身が自分の考えを整理しやすくなり、他者との対話を通じて新たな気づきを得る機会も増えます。
もちろん、既存のカリキュラムの中でシステム思考の時間を確保したり、生徒全員がすぐにツールを使いこなせるようになるとは限りません。しかし、探究学習の導入部分や総合的な学習の時間、あるいは特定の教科の中で、短い時間でも意識的にシステム思考の視点やツールを取り入れてみることで、生徒たちのものの見方や考え方に確実に変化が生まれるはずです。
システム思考ツールは、生徒たちが複雑な世界を理解し、主体的に関わっていくための強力な羅針盤となり得ます。ぜひ、先生方のクラスでもシステム思考ツールを活用した実践に挑戦してみてください。